大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和28年(あ)40号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人は無罪。

理由

弁護人本田熊一の上告理由について。

所論は判例違反を主張するけれども、所論引用の判例は事案を異にし、本件に適切でない。論旨は採用できない。

職権により調査すると、原判決は、被告人が法定の除外事由なく、昭和二五年一一月八日肩書自宅において、専売公社の売渡さない製造たばこ五本(証一号)を所持していたという本件公訴事実を認定し、被告人に対し、有罪の言渡をしたのである。しかしながら、原判決挙示の証拠によれば、同日、被告人自宅戸棚の中に判示たばこ五本が存在した事実は、これを認定し得るけれども、第一審第一回公判調書中の被告人の供述記載によれば、被告人は魚釣に行った際闇煙草十本を買ってその内五本は喫ったけれどもあまり辛くて喫めないので残りの五本は捨てる気持で戸棚の中にほうり込んであったものである旨の供述があり、更に同第二回公判調書中、検察官の質問に対する被告人の供述記載並びに第一審証人谷岡亀四郎の供述記載の趣旨もこれとその軌を一にするものであり、その他本件全証拠を勘案しても、本件たばこは、被告人が判示の日これを事実上支配の意思をもって、判示の場所において所持していたものとは認めることはできない。すなわち、本件公訴にかかる事実は、これをみとめる証拠不十分であると断ぜざるを得ない。

よって、刑訴四一一条三号に則り、原判決破棄の上、同四一三条但書、四一四条、四〇四条、三三六条により被告人を無罪とすべきものとし主文のとおり判決する。

この判決は裁判官池田克の少数意見を除き、裁判官一致の意見によるものである。

裁判官池田克の少数意見は次のとおりである。

私もまた、職権調査の結果、原判決を破棄すべきものとすること多数意見と見解を同じくするものであるが、本件は当裁判所において直ちに判決することができる場合に当らず、これを原審に差戻すべきものと考える。

被告人に対し有罪の言渡をした原判決において証拠の標目として示されているところは、第一審第一回公判調書中の被告人の供述記載、同第二回公判調書中の証人岩瀬幹、同谷岡亀四郎の各供述記載、検察官事務取扱検察事務官に対する被告人の第一回供述調書及び押収に係るたばこ五本(証一号)の存在である。なるほど、右検察事務官に対する被告人の第一回供述調書の供述記載によれば、「昭和二五年一一月一日魚釣に行っていた際、闇たばこ一〇本を一〇円で買い、その内五本を同月八日頃までに自分で吸い、後の五本を自宅に持っているところを専売公社の人に発見された」というのであり、又、右第一審第二回公判調書中の証人岩瀬幹の供述記載によれば、「専売監視員として谷岡亀四郎に対する捜索押収令状にもとづいて捜索した際、台所の水屋の中にバラになった闇たばこを見付けた。その後、被告人を取調べたとき、被告人は自喫の目的で所持していたと答えていたと思う。押収のたばこがその時差押えたたばこである」というのであるから、証一号のたばこ五本が存在していることと相俟って、被告人が本件たばこを所持していたことを認めることができるようであり、原審においても、主としてこれらの証拠によって被告人有罪の心証を形成したものと推認されるところである。

しかし、右第一審第一回公判調書中の裁判官の質問に対する被告人の供述記載によると、「魚釣に行ってたばこが無くて困っているところへ売りに来た闇たばこ一〇本を買ったが、あまり辛くて吸えないので一本吸いポケットに入れてあったが汽車の中などで退屈して五本(四本の誤記と認められる)吸い、後の五本は、もう吸う気にもならず捨てようと思っていたが、家に帰って誰れか喫みはしないかと思い、皆に喫まないかといったが誰れも喫む者がないので、捨てる気持で戸棚の中にほうり込んであったものである。そのたばこは魚釣で手が汚れポケットに入れてくしゃくしゃになっていたが、お示しの押収のたばこは新らしく見受けられる」というのであって、外形的には、いわゆる闇たばこが被告人の戸棚の中にあったことは認めるけれども、それは所持していたものではなく、且つ証一号のたばこと右闇たばことの間にも相似性のないことを主張しているものと解されるのであるし、前記第一審第二回公判調書中の証人谷岡亀四郎の供述記載もまた、これを裏づけているのである。すなわち、同証人の供述記載によれば、「専売局の役人が家宅捜索に来て五本のたばこを証拠品として私に突きつけたが、それはお示しの押収のたばことは違う。被告人の水屋は私の下駄箱であったもので塵がたまっていたので、置いてあったたばこは黒くなり振っても中味が落ちるような品ではなく、又、被告人のポケットの中にくしゃくしゃになっていたので折れかかっていた。当時、被告人がポケットからたばこを出し、きょうは闇たばこを買ったが辛くて吸えない。こんなたばこはどうもならんといった。被告人はたばこ好きで、一日に一〇本以上吸う」というのである。

およそこれらの供述記載と、前記証人岩瀬幹の原審第二回公判調書中の「自分は谷岡亀四郎の捜索後一週間位経って被告人を取調べたが、その際、被告人は女の人から一〇本買い、四、五本吸ったが辛くて吸えないので残りは水屋の中に入れてあった。吸えなかったので捨てて置いてあるといっていた」旨の供述記載並びに後記の事情を綜合参酌してみると、いまだ必ずしも原判決認定の日時における本件たばこに対する被告人の所持を認めるに審理がつくされているものということができないのである。すなわち、押収に係る証一号のたばこは、記録編綴の告発書によると、昭和二五年一一月八日須崎簡易裁判所裁判官の許可を得て谷岡亀四郎方を捜索の上差押え、その後、一年に近い月日を経過した昭和二六年一〇月二日に至って高知区検察庁に引継がれたもので、たばこの性質上月日の経過により巻紙に汚斑を生ずる等相当の変化を伴っているべき筋合のものであるにも拘らず、被告人の前記供述記載によれば、押収のたばこは新らしいように見受けられるというのであり、前記谷岡亀四郎の証言にもまた、これに照応する供述記載があるのであるから、本件押収に係るたばこが差押当時のたばこそのものであるかどうかについて取調をなすことは、被告人の罪責を決定する重要な点であったといわなければならない。そして仮りに、本件押収に係るたばこが差押えたたばこそのものであるとしても、被告人は専売監視員の取調を受けた当初から、本件闇たばこは辛くて喫めないので捨てる気持で置いてあったと供述していることが窺われること前記のとおりであってみれば、そのような物を廃棄する考で放置して最早やその物に対する支配意思が認められない場合の存することも日常の生活過程において往々経験するところであるから、本件の「たばこ」が果して被告人の供述するような程度のものであるかどうかについて取調をなすことは、これまた、被告人の罪責を決定する重要な点であったといわなければならない。それ故、本件は犯罪事実につき合理的な疑をいれる余地を存する案件であるというべきであって、裁判所は職権によって必要な証拠調をなさなければならなかったところである。それにも拘らず、それらの点を審理確定することなく被告人を有罪とした原判決は、いまだ審理をつくさない違法があるものといわなければならない。

よって、刑訴四一一条一号により原判決を破棄し、同四一三条に則り本件を原審に差戻すべきものである。

(裁判長裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 池田 克)

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